昭和42年7月23日 月次祭
人間がいかに偉そうにしておりましても、食物を絶たれたら、その元気は無くなってしまいます。
私は心にも同じ事が云えると思う、ね、肉体に糧がいるように、食物という糧がいるように、心にも矢張り糧が必要である。心に糧を頂いて、充実した信心生活が出けるという生活こそが、人間の本当の幸せの生活である。
心に糧を持たず、糧を取らず、生活する生活を、いわゆる我の生活、ね、いうならばお腹がすいておって元気が無いけれども、それに空威張り的な元気を出しておるということにすぎない、それでは円満な和の生活、有難い生活、信心生活はなされない。してみると信心の有る者は、心に糧を頂いておるから充分な十全の幸せの生活が出けておるかというと、それを糧にしきらない。信心をしておりましても言わば教えを頂くと、いかに尊い教えを頂きましても、その尊い教えが心に入っていかない、心の糧にならないならば、それは糧のない、いわゆる空威張りの生活である。
どうでしょうか皆さん、信心をされておられるけれどもお腹が、心のお腹がすいておる、それでも教えを守ろうともしない、教えを頂こうともしない、教えの糧を頂こうとしないならば、それは我の生活、いうならばお腹がすいておるけれども、ね、じっと辛抱しておることも我の辛抱であり、それで何か働きをしておっても、それは我の働きである。信心というのはそういう我の生活から、有難い和の生活、喜びの生活、ならそういう信心生活というものが、ただお参りをしとります、拝んでおりますというだけでは頂けるものではない。ね、日々教えを頂いて、その教えの糧というものが、充分に吸収されとられなければ、それが摂取されていかなければおかげにならん。
皆さんどういうことでしょうか、教えが糧として、ね、そして手足が動いておるように、私共の心の生活というものがですでけておるであろうか、であれば皆さんは心の糧を取らせて頂いて心の中に元気で日常生活がでけておるということになり、有難い生活が出けておるということになる。ね、そこで私共はです、その心の糧というものが、あの、どの程度に頂けておるか、ね、そのおかげでどのくらいの働きが出けておるかということを知らなきゃいけない。
私共の生活から不安とか、心配、腹立ちといったようなものが無くなる日常生活であったら有難いことでしょうけれども、これはあながち私は有難いことばかりはいえない どうでしょうかね、皆さんの生活の中から腹の立つことも何もなくなる、心配なこつもない、不安もない。もういっちょん腹も立たん、悲しくもない、私はこのくらい私は張り合いのない生活はないのじゃなかろうかと思う。
考えて見て御覧なさい、極楽のごたって極楽じゃないですよ。ね、腹も立たん 心配にもならん、痛いもなからなきゃ痒いもない、ね、そういう生活がです、仮にでけたとしたらそれは、私はもうほんとに何と申しましょうか、誰かが言いました。極楽に行くということは蓮の台の上に、ちゃあんと座ってから、ちゃあんとあの上に座っとらなんちいう生活、こげな生活ほんというたら情はなかろうと思うね、花のレンゲの花の中に、ちゃあんと座っとかなん生活なんて、そんなもんじゃないでしょう、ね、そこで信心させて頂いてお互いが、腹の立つ材料とか内容 ね、不平不足を云うそういうもとであることを、私共がつきとめ分からせてもろうてです、そこを改めさせて頂いて、腹立ちもなからにゃ、成程取り越し苦労もなくなり、あるものはそれに引き替えて有難いものばかりだというところに、信心生活の値打ちがあるのです。ただ腹が立たんごつなった、修養で例えば腹を立てんごつなった、修養でその悔やまんごとなったと、いかにもよかろうそうですけれども、実にそれは無味乾燥な生活といわなければなりません。味気ない張り合いのない、人間らしくない私は生活だと思うんです。信心生活とはそういうものではない、腹が立つ、腹が立つなら腹を立てていい ね、不足が出るなら不足も云うていい。ね、場合にゃ喧嘩もしてよかと、けれどもその中にです、私は信心を忘れてはならない、日頃の教えが糧になっておると、そこから有難いものが生まれてくるのです。ね、そういう私は生活をさしてもらえるおかげを蒙らなければならない、腹ん立たない生活、不安の無い生活、それがただそういうことだけであるならば、これはもう実に味の無い無味乾燥な生活であると けれども腹立ちが無くなるに従って有難いものが頂けれる ね、取り越し苦労が無くなって、そのかわりに勿体ないものが頂けれる ね、そういう有難い勿体ないというものが、様々な悪行と申しましょうか、めぐりのせいと申しましょうか、人間生身を持っておるところの、難儀苦しみというようなものと、取り替えられていく、有難い勿体ないという生活に変えられていく。そこに私はほんとの人間の楽しみ喜び、信心の生きた信仰の値打ちというものはそこにある。
そこで分からして頂かなければならない事、腹が立った時、取り越し苦労がある時、先のことが心配でたまらない時、何を分からして頂かなければならないか。ね、私は今晩霊神様へ挨拶を申し上げる時に、もう実に心がすがすがしかった。もうほんとに痛いもなからなければ、痒いもないという状態であった。昨日から私少し目が悪い、えらいコロコロするから、ものもらいかなんか出来るのかと思うとったら、そうでもないらしい、それが痒いからただこうしとりましたら、しまいには痛み出して少しうずき出した。今日はうずいたから眼帯をしとりましても、眼球を動かしますから、その摩擦をするからでしょう痛む、ところが今日、霊神様の前にお礼をさして頂いとりましたら、それこそ痛みも感じなければ、痒みも感じない、暑いも寒いも感じない、なんとも云えんその極楽のような心持ちがひらけてきた。ね、先程までうずくように痛んでおった目も、霊様にお礼を申さして頂いとる間でもその痛みもとれた。有難いことである、こういう有難い私が、どうして時々腹を立てたり不足を云うたりするのだろうかと私は思う、こういうような気持であったら不平も不足も腹立ちもないのだけれど、こういう神様に向かい、霊様に向こうておる時のこういう暑い中に、暑さを感じないとは、しかもこの目のうずきもぴったりと止まってしもうて、ただ有難いおかげを頂いとる、勿体ないというただ気持でお礼を申さして頂いておった。こういう気持になれたら腹立ちもないのに、取り越し苦労もないのに、不足を云うたり不平を云うたり、悔やんだり腹を立てたり、相済まん事だなあと私思わせて頂いたら、神様からお知らせを頂いた 。ね、腹が立った時、不足が出るとき、取り越し苦労をする時、痛い痒いを感ずる時、ね、腹が立つ時にはね、私共の心の汚いものが発散すしておる、出ておる時と思うてお礼を申し上げよと仰る、ね、不安であり心配である時には、これだけの神様を頂きながら、その神様を信ずる力が薄くなっている時と悟れとも仰る。皆さん、腹立ちということは有難いことですよね。腹を立てるということは有難いこと 何故って私の汚いものが出ておる時なんだから、ね、けれどもそこに分からなければならない事はです、こういう腹を立てなければならないように汚いものが、まだここにあったんだということを悟らなければいけない ね、腹を立てた、人にこりを積ませたそのことは、お詫びしなければならないけれども、腹が立ったということはお礼申し上げねばならない、それは自分の心の中に汚い心があったんだからその汚い心を発散さして下さっておる時、お取り払いを頂いる時であるから、その事をお礼申し上げなければおられんのである。ははあ、そしてそれを頂いてからですね、成程私が今日一番初めに申しましたように、人間の生活から腹立ちが無くなり、取り越し苦労が無くなり、不平不足が無くなった生活なんてもうおよそ、このように味気のない無味乾燥な生活はなかろうと、皆さん考えて見て御覧なさい、痛も痒もいうんなかね、不平も出らん腹立ちもない、不足もない、それこそもくどう様ごとなるね、石の地蔵さんのごとなる も こんなに面白い事のない生活て私はないと思うですね、どうでしょう皆さん、ね、ところが信心をさして頂いておってです、その信心のおかげで教えを頂き、その尊い教えが身の自分の心に入ってくる、それが血に肉になってくる、ね、心の糧というものが段々自分の心を自由自在に働きが出ける、我の生活から無我の生活、我のない生活が段々でけてくるようになる、それでも矢張り腹も立つ。時には、まだまだこのような汚いものがあるんだと、一生おそらくは取り組んでいくであろうということ、不足もある、不平もある心配もある、ね、そこにまあだ神様を私は信じておる以外、まだこのくらいにしか信じていないのだ。
絶対の神様を頂きながら、不安があるということは神様を信じてない私であるから、神様をいよいよ信じさして頂くための修業が、信心が必要になってくるのである。まあだ自分にはこんな腹を立てなければならない程にです、汚いものが発散しておることは有難いんだけれども、そのもとはこの汚いものから発散しておるのであるから、その汚いものに取り組んでです、いよいよ改まっていかなければならないということが、皆さん分かるでしょう、大いに腹立ち礼賛です。不平不足も又有難いという事になる訳なんです、だから不平不足を云いっぱなし ね、腹を立てっぱなしではいけませんよね、あまり腹かきよると腹が破れる、ね、信心のない例えば人達がです、心に教えの糧を頂ききらない人達がです、私はそういう例えば生活というのは心に糧もない、だから心に勢いというものが全然ない、だから兎に角我でね、負けん気でただ一生懸命働いているというだけに過ぎないから、そういう生活を我の生活という 信心さして頂いて教えが糧になってくる生活というのは、信心のおかげでね、心に糧を頂いておるからお食物を頂いた後に、自由な働きがでけるような働きがでけるということ。 今日、昨日でしたかヒロ子先生が、ここへ出てきてからお届けするんです。先生この頃体の調子が悪うございます、というて寝たり転んだりしとくわけにはいけません、修業にきたのですから、でしばらく帰らして頂いて少し養生さしてから又、おかげ頂きたいと思うから、とこう云う。それも結構だ、そうしなさい、そしたら夕方になって又お届けにきた、先生、ああお届けいたしましたけども、大体御神意は如何でございましょうか、そうな、そんなら私が話して上げようけれども、あんたがあん時お届けにきた時に、私は神様からこう頂いたんじゃ、丁度娘さん方がお花の稽古に行きます時に、この花の材料を紙に包んでこんな風にして持って行きよりますね、稽古に行く時に、それがね、新聞紙で花が包んで有るそれをヒロ子さんが持ってこういう格好で、お花の稽古にでも行きよる、というような感じで頂くんです。そこで私は思うた ははあここには言わば心の使い方、心は気、気は心ね、所謂花の生け方、自分の心の使い方、皆さんどんなに素晴らしい花を心の中に持っとっとも、あの人は仏様のような人じゃ、神様のような人じゃという心を持っておっても、それを使いこなせきらなかったら、ね、ボタンの花をボ―ンとここに沢山置いたようなもの、ね、菊の花をボンとそこに置いとるようなものでは値打ちは無い。それがですね、様々な流儀によって生け上げられてこそ、初めてそれがお花の美しさというものを、生かす事が出けるように、信心とは結局は、心の使い方の稽古、ね、心の使い方の稽古なんだ、いうならヒロ子先生、心の使い方の稽古に来てるんだ、ところが私はどうもふるい新聞に包んでおるということがです、新聞に もう古い新聞は値打ちが無い、そうでしょう新聞て云うのは、もう一時間でも早い、いや新しい事であってこそ値打ちがある、その日のであってこそ値打ちがある、信心も同じ事が云える。日に日にさらと仰る、日に日にさらな信心が必要なんです、ね、日に日にさらな信心が出けさして頂い、ところがヒロ子先生はまあだ古い過去の信心に包まれておるということである。先日ね、末永さんが頂いとりますように、ここでの修行中、ここでの修行をするということは、あんた方が必ずお道の教師にならせて頂いたら、必ず布教に出るだろう、いやもう出らなければ金光様に対して相済まん、教会を持つだろう、その教会を持つ時のですね、その基礎が土台がここで出来るのだから、一分でも一厘でもすきがあっちゃならない、無駄があっちゃならないという願いのもとに、修行をせなければならないのぞと、ということを自信が頂いとる ね、甘木の初代が小倉の先生のもとで、七年間修業された、もう半年 一年、福岡あたりは一年足らずの修業で、福岡の教会を出られた。みんながそういうような調子で出られた、ところが安竹先生だけは七年間、出ろうと思いよると修業生がいなくなるもんだから、はあ―それじゃ親先生が大変だろう、親先生が大変だろうと、それにひかれながら結局七年間辛抱された、そして見も知らない甘木の里にお道を広められることになった、さあ、ところがどうですか、甘木に安武先生が布教に出られた途端に、もうそれこそ押すな押すなと人が集まってきた、人が助かってきたんです。
それで、ある先生が安武先生だけどうして御比礼が立つじゃろかと云うて不審に思うた、その事を桂先生にお伺いさして頂いたら、安武はなあ、舞台裏の修行が長かったんじゃ、舞台裏の修行が徹底してでけとったんだ、だから花道に出た途端におゝむこうから千両とかかっとるようなもんぞと仰ったということです。
七年間という目のつまった信心修行がでけておってこそ、初めてですね、あの日本一的な御比礼というのが輝いたんです、と頂いとるくらいだから、ヒロ子さんここで修行さして頂くのはです、ほんとは本気でその気にならなければいけない、親に云うてやった 体がきつい、さあ親はほんなら早う帰ってこいと云うた、だからそういうことは親に云うてやってはいけないのだ、修行中はね、ほんとにもう御用もでけんという、もう棒にも箸にもかからんごたる病人ならともかくだけれども、それでは自分の修行が邪魔になる、ここでは寝てはならんかと云うとそうではない、ね、眠かりゃ寝る ねまいうならば自由自在な信心をもつて、信心の稽古をさして頂いとるのである、だからこの度は別にどうとこうと云われんけれども、この新聞紙をあんたが取って来た時に、私が本当の花の生け方というものは教えるのじゃと。白紙の紙に包んできた時にいわば白紙になった時に、過去の信心を振り捨て来た時に、新たにこの花の生け方、活かし方というものを教える、という風に申しましたようにね、自分の心のその自由自在な生かし方 ね、心が生きてくる、生き生きしてくるということはです、心に糧を頂かなければ生き生きとしてくるはずは無いでしょうが皆さん、ね、ところがそういう心を頂いておりましてもね、どこの隙から、どこの破れからか知らんけれども、そっからおかげが漏って魔風が入ってくるようにです、腹が立ったり不足が起こったり致します。けれども又ここんところも有難いのだ、人間生身をもっておる、腹立てるもとをつくっていきよる、そういうめぐりが溜まっておる、そういうものが腹立ちの場合に発散されていくのであるから、いうなら汚いものが発散されていくのであるから、腹が立った時、腹が立ったとお礼が申し上げれることも、心が生きておかなければ、申し上げることもない。いつまあでん腹立っとる ね、
私も先日ちょっと失敗した、私もやっぱ時々腹を立てることがある。
この頃二十日の晩です、菊栄会でした。どういうわけで腹が立ったか分からんこともないけれども、良く良く考えて見ると、もとがあります。その日は丁度企画の方達が、みんな集まってから菊栄会と合流して、私の部屋が涼しいから、あそこで会合をやっとります。一時頃まで熱心に 私それまで待っとった。ところが訳もないのに訳は有るとでしょばってん、腹が立ってどんこんしょんない、秋永先生 みんなが出てきて、ここで挨拶をするでも、こちらが腹を立てとるもんじゃけん、みんながケソケソで帰ってしもうた。ちがわん皆んなが腹けえとるじゃろと思う、そしたら昨日菊栄会の連中が丁度期せずしてここへ皆んなが集まった。正義さんが来る、杉山さんが来る、高橋さんが来る、茂さんが来る、あの晩はどうしてあげん気嫌が悪かったんですか、もう皆んながびっくりしてから、ゆっくりも出けんな帰ってしもうた、秋永先生も腹かいてあるですよ、ち、腹かく筈、それから恥ずかしか恥ずかしか、もほんと今日はどげな風な顔で秋永先生に会おうかと思うとったら、神様のご都合ですね、ちゃあんと眼帯をはめさして下さった、ありゃ不思議ですばい、出る時でんなんでん打向こうて座っときゃ、両方で目が見えよんなら、どんこん恥ずかしゅして、見えん神様が半分隠して御座る。それがぼやっとしか見えんとでも、他んこつでんいよったごたる風で、こりゃ腹かいちょらんばいなと安心した。しかし神さまほんとに して見るとこの目も有難いということになってくるんですよ、はい、もう私ゃまともに先生の顔見よんなら、今日はもう恥ずかしゅうしてから、下向いとらにゃんとこじゃった。
神様はこうやって眼帯をはめさせて頂いて ね、ほんとに神様、いや笑いよるばってん、そういうお繰り合わせを下さるとですよ、ね、そして はあ相手が腹かいとらじゃったと分かったから、安心してからお祭りが仕えられたということなんです。ね、私の心の中にやっぱりそういうその腹立ちがある、それをよくよく検討して見ると、汚いところから生まれておる。ですから、私はその汚いものをとっちめた、そこまでは分かっとったけれども、今晩の霊様のお礼をさして頂く時にです、もう こうも痛いもなからなければ痒いもない、目のうずきもその瞬間だけは止まっておる、なんと有難いことであろうか、こういう有難い私が、どうして時々不足を云うたり不平を云うたり、腹が立つのじゃろうかと、こう思わして頂いたらその腹が立つ時には汚いものの発散なのだ、不平不足が出る時には取り越し苦労が起こる時には、まあだ神様を信ずる力がこのくらいしか無いのだと、神様が教えて下さっておることを悟らしてもらい分からしてもろうたら、神様をいよいよ信ずることの為の修業が出けるのであり、腹が立っても はあただ今めぐりのお取り払いを頂いて有難いというその後に腹が立った、その後にお礼が云えれるということが有難い。そこが分からなかった、ね、そして今日私が皆さんに申します人間の腹立ちやら、不平不足やら無い生活というたら、このように味気の無いものはなかろう、勿論そんな人もなかろうけれども、もう私しゃ腹もなあも立たん、もう不足もなか、不平もなか、痛もなからにゃ痒もなかという人はです、もう実に無味乾燥な生活をしておる人になります。もしあるとするなら ね、そういう私共の汚いものが発散して、その後にです、神様の有難いという事が、勿体ないということが分からして頂いて、そして有難い勿体ないが段々自分の心の中をしめていく その心を和という。その和の心をもって、有難い勿体ないで腹も立たない、いや私が丁度霊様にお礼を申し上げる時のようにですね、このような有難い心にならせて頂きけれる、そういう時には痛みも止まっておるというようなおかげを頂いておる時です。
そういう私にどこからあの腹立ちが出てくるであろうか、さあそれが この汚いものであるということが分かり、そのお取り払いがでけておるのであるから皆さん、大いに腹を立てなければいけません、大いに不足も云うてよろしい、取り越し苦労もよかろう。けれども、その取り越し苦労が、不平が不足が腹立ちがね、そのもとのところをしっかり、とっちめてただ今お取り払いを頂いて、やれ痛や今みかげをという心にならせて頂いて、次の信心に入って、取り払われたその後に、有難い勿体ないものが入ってくるところにです、有難いという充実した有難いものが頂けてくるようになる。
例えば夫婦喧嘩でもして、結構お互いの汚いものが出会うた時、ね、ですからそのあくる朝の時には、目の悪うなるようなお繰り合わせを頂いて、お互いが下を向かんで良いような ね、けれどもその、なんですもんね、夫婦ぐらいなら昨日はすいませんでしたぐらい云われるばってんが、私は親先生と私がどうも昨日は秋永先生すいませんでしたち、なかなか言い難いもんですよね、あれは。子供が親に云うのならいいけれども、親が子供にどうもすいませんでしたち、そげん時はやっぱりひとつ目のお繰り合わせを頂いて、子供の顔が見えんごたるおかげを頂いて、ね、お繰り合わせを頂いて参りますと、そこにはなんとん云えん有難いものの中に、お取り払いを頂き頂き、腹を立て立て、不平不足を云い乍ら、云うただけは有難いものがここに入ってくるようなおかげが受けられる。為にはどうでも私の心が、生き生きしとらなければ それをそうキャッチすることがでけないということ、腹が立ちっぱなしになる、不平不足の云いっぱなしになる。これではつまらん、どうでも皆さん、教えをいよいよ頂いて、その教えが自分の心の糧に、いよいよならせて頂くところのおかげを頂き、自由自在に自分の心を動かせれる、自由自在に使いこなせれる、ああ自分にまだこういう汚い心は無いと思うとったけれども、あったんだということを分からせて頂くところのおかげ、これが心が生きとかなければ、心の糧をとっておかなければ、でけることじゃないので御座います。
どうぞひとつ、お繰り合わせを頂かれまして ね、そういう意味合いでの腹立ち、礼賛、そういう今日はお話でございましたですね。どうぞ おかげ頂かれますように